広島を拠点に活動する写真家の坂本淳さんと、考古学者で現在はイタリア在住の坂本崇さんによるトークイベントです。
二人は実の兄弟で、アンティークスタンドという骨董を扱うショップも運営中。
「人間がものを作り始めて100万年以上経って、さまざまな積み上げを経て作り上げたものが洞窟壁画。その話も面白いけれど、それよりもっと古い起源を探ってみたい」と語る淳さん。杉本博司の展覧会「アートの起源」をもとに、崇さんの研究する最新の考古学資料をもとに考えられうる起源を探ります。
1. 2つのアートの定義
弟の崇さんも大阪芸大出身です。「美術大学には起源を教える授業がない。考古学資料を現代に持ち帰るようなトークになれば」とお話しされ、スタートしました。
その前にアートの定義です。
美であり、共感、コミュニケーション、シンボリズムなどのワードから人間性やあるいはその原点など広義に捉えることができますが、今回のトークではイメージメイキングとしてのニュアンスで探ることとなります。定義は2つ。
1つ目は「形を作る能力」。起点から終点までを想像する力。
2つ目は「イメージメイキングや、立体造形を通して意味や情報を生成・共有する行為」
2. 最初期のテクノロジー
ではまず「作る」起源はどこからあったのでしょうか。270万年前のオルドワン石器では石をそのまま使っていました。石を「使う」ことはチンパンジーも石を「使って」いますが、石器を作ることはしていません。作る行為はどこからかというと約170年前のアシュール石器が革命だったと崇さんは言います。左右対象に削られた石器は”デザイン”の要素が見て取れるそうです。
道具を作る、というのは制作開始時に完成形をイメージする必要性があります。例えば槍を投げる時にその軌道を予測することもそうです。ここで思考することが増え、道具を介することにより、主体と自然との直接性が薄れると考えます。崇さんは「高度な道具使用により、自然から人間が剥離し、その剥離を解消するためにアートが生まれた」と仮説付けました。
3. 美意識と「所有」
なぜ欲しいと思うのか?美意識と所有は関連があるのではないでしょうか。300万年前のマカパンスガットの小石は自然の石が顔のように見え、オブジェ的なものとして存在していたようです。また、50万年前のアシュール石器は貝殻の形を中央に残した作り方をしていてデザイン的な部分とオブジェ的な部分の融合ではないかと考えられています。
装飾品というのはテクノロジーと美意識の進化の並行性があったのではないか。淳さんは「自然との剥離を埋める行為が、自然を身につけることになっている」と読みます。また、それらを所有することがステータスとなり、社会制度を作っているのです。
4. イメージメイキング:抽象と表象
チンパンジーは絵をコピーすることはできても自分から描きはじめることはできません。アートの定義2における最古のアートは7万年前の石の断面に赤い塗料でジグザグの幾何学模様があるレッドウォーカーの断片ではないかと言います。淳さんも気に入っているというそれは、内在光を描いたのか、偏頭痛の時に見えると言われるオーラなのか、崇さんは「収集した貝殻を観察したのでは」とも読み取ります。そういった記号性を生み出せることが「人間は知識と経験が保存できる生き物で、文化はその蓄積によるものだ」と2人は言います。
また、最古の表象イメージとして4万年前のネガティブハンドと呼ばれる壁画を紹介し、これを暗い洞窟で作ることは何かのコンセプトがあったのでは、と推測しています。
5. コミュニケーションとしてのアート
人が進化し、増えた人口を繋ぐ物としてアートが進化したのではないか。アートの利点は象徴化することにより意味・情報を生成し、情報を圧縮・保存でき共有できることにあるのではないかと言います。「共有することは部族同士の摩擦を生まないのではないか」
3万5千年前ごろのライオンマンと呼ばれる象牙の小さな半身半獣の石像は説明責任(コンセプト)があるだろう、と二人は言います。しかし逆に仕留めた動物を頭にかぶった状態でもあったら現実でもあるから説明責任ないかもしれない側面もある、とも言います。これを理解するには他者と何か共有する情報がないと成り立たないのです。
また、これらが小さくポータブルになることにより、所有を促し、デフォルメ、機能性重視、シンボリックに変化。完成度も高く、多様になっていきます。二人はこれを自然との乖離を意識すると絶望する。絶望しないために完成度を上げていくのではないかと考えています。
6. なぜ今アートの起源を語るのか
これらの話を踏まえたこのテーマですが、時間も枠を超えていたので、質疑応答も交えてのまとめとなりました。「起源がどこに結びつくのかを知っているかどうかで、絶望することなく生きる方法があるのではないか。イメージメイキングの前、アートと呼ばれる前が複雑化しているが、その中身を知ることが物を作る上で必要な前提なのではないか」と淳さんは言います。
このテーマを考えることは「人間とは何か」を考えることとイコールな気がする、という参加者の方のコメントが印象的でした。
マカパンスガットの小石のようないわゆる「見立て」のかたちを読み取って残していた、という説は人間が独自に備えた感覚であるのが窺えます。
長い時間行っていた中でもアフタートークまでかなりの人数が残って聞いていたのは、やはりそれが美術の側面からだけでは触れられないような重要なテーマだったからではないでしょうか。前後編として2回に分けてもよかったような、濃密な情報量のトークイベントとなりました。
2021年1月10日
平石もも / AGmアンバサダー・元横川創苑マネージャー