「私のテーマは記憶、モチーフは写真と広島です。
制作は「忘れることに抵抗する」という写真家にとって素朴な動機から始まり、
動機はそのまま全ての作品を貫くコンセプトとなっています。」
この紹介文を冒頭に据えて、活動する坂本淳さん。アートギャラリーミヤウチでは何度かのアップデートをしながら作品を展示しています(2020年11月15日〜2021年2月14日まで)。今回のトークでは写真と広島を基軸にこれまでの活動を振り返ります。
学生時代はいわゆるスナップを撮っていた坂本さん。当時は現在のスタイルとは違い、感覚的に撮影していました。撮影場所も、街中から郊外、郊外から神社、実家の中と変えていっていたそうです。ところが2005年に初個展をした後に撮りたいものが見つからず、そこから8年。写真そのものにアプローチできずにいたある時、急に広島で個展をすることに。2013年、準備期間は半年。そこで改めて自分が大事だと思っているものを見直すことにしたと言います。
1.広島へ行く
無名の人々が撮影・愛好する中庸な写真であり、私たち自身が日常的に撮影している写真としてのヴァナキュラー写真。中でも“家族写真”。坂本さんはさらにその“周辺”の部分に着目しました。それは不鮮明な部分でも特定の記憶が「保存されている」。
シリーズ「広島へ行く」は、“広島”と言われる場所を写し込むことを前提にした、ホテルに宿泊している様子を写した家族写真。ホテルの室内は現代生活様式を無表情に一般化しているそう。
個展では展示方法も壁掛けではなく、写真の入った保存用の箱を床置きして見せる形。
坂本さんの実家に積み重なる写真たちの一番思い出せないものは下の方にあることから着想し、「物理的に下にあるものは忘却性が高い」のを利用しようと考えての床置きだそう。
坂本さんにとって写真は空間の圧縮。現代と過去の広島をつなげるイメージと言います。
2.オープンエンド
2015年の展示ではその忘却性をさらに高めて、撮った写真を黒で塗りつぶしました。何があるのか覗き込むようにする、というのは思い出すために必要な力を発生させると言います。その契機となるのは像が消えたダゲレオタイプ。写真は意外と脆く、劣化もしますが、坂本さんはそれをマイナスに捉えておらず、映像があることが人のイメージを邪魔している気もしている。見た人が何か映り込んでいるものを想像し、錯覚したりしている姿が面白く、それが写真そのものであると思ったそうです。
3.2016年8月6日
翌年。河原温のスタジオの様子が収められた写真、そのうちの1枚に坂本さんの生まれ年が描かれたキャンバスが写っているものをモチーフに、圧縮させた空間を膨らませることを試みたインスタレーションを制作しました。
この年は5月にオバマ来広。翌日の28日から広島市現代美術館で東松照明の長崎をテーマにした展示、それが終わった7月にギャラリーGで藤岡亜弥さんの広島を撮った写真展が開催され、その一連の流れをリレーのように感じたそうです。そこに自分も何か続くアクションをしたい、と1日だけの展覧会を開催。それが上記のインスタレーションで、会場では河原温や東松照明が占領軍から配られて食べていたイメージでガムやチョコレートを配り、記号だけになる8/6を回避し、身体的な体験をしてもらいました。
今回ミヤウチに追加展示されていた写真は、過去の空間を解凍させた作品(2016年8月6日を写した風景)を再び圧縮させるべく、昼と夜の写真を撮り、作品にしたものでした。
4.山路商と船田玉樹
広島は誰の都市なのか?特異な文脈と歴史がある広島を考えたときに、坂本さんは「広島は山路商の街である」との考えに至り、オマージュした作品を制作。
SNSにその作品をあげたのを機に船田奇岑さん所蔵の山路作品と一緒に展示をさせてもらえることに。船田奇岑さんの父である船田玉樹は山路と行動を共にしていたことがある弟的存在の日本画家。当時の広島の美術シーンに親近感が湧いた坂本さんは、所在不明の船田玉樹作品の湖を描いた絵の図版を発見、動かしたいという気持ちになり、作品の画像を使い、48枚組の作品を作りました。それを動画にして現代に繋がる川として再生させ、その連続の作品制作から「バリエーションズ」になるためのラインが作り上がります。
5.バリエーションズ
坂本さんは戦前の広島で交流し、活動していた作家たち5名を選びました。
彼らの画像をオリジナル技法で転写して複写して変容させる。その作業を「忘却性を高めて記録している。忘却と想起の間。」と坂本さんは言います。
2019年のギャラリーGの展示では1階を水辺の風景、2階を高台の島に見立てて構成した。この風景の先に現在の広島も接続されている。山路商へのオマージュとしてこの技法が強固なものになった。また、ミヤウチではこのシリーズも再構成して展示していますが、これは一つのテーブルにコンパクトに構造化した形だと言います。
「歴史的な文脈を写真に撮っている。アートならそれができる。」と言っていたのが印象的でした。
終わってからも話し足りなさそうな坂本さんでしたが、たくさん注釈もつけてくださっていたので、初めて坂本さんの話を聞かれる方でも写真や広島の戦前の画壇の様子なども垣間見ることができたのではないでしょうか。こちらのレポートではかなりダイジェストになってしまっているので、興味のある方はぜひ坂本さんのSNSなどでは作品が生まれていく様子などがわかると思いますのでアクセスしてみてください。
2021年3月25日
平石もも / AGmアンバサダー・元横川創苑マネージャー